日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
その言葉を見たとき、
少しだけ、立ち止まりました。
「言葉で抱く」。
どこかドキッとするのに、不思議とあたたかくて。
うまく説明できないまま、
その響きだけが、静かに残りました。
「言葉で抱く」という、
静かで繊細な感覚について考えてみました。
言葉は、
互いに伝え合うものだと思っていたのかもしれません。
気持ちを説明したり、
考えを共有したり。
そんなふうに、
役割のはっきりしたものだと思っていたんです。
でも、考えていくうちに、
温度や余白のようなもの、
受け取ることと届けることのあいだにあるものへと、
少しずつ目が向くようになりました。
何かをうまく言えなかったときでも、
たった一言で、
心がほどけることがある。
その言葉が何を意味していたのかよりも、
どんなふうに届いたのかのほうが、
あとから静かに残っていることもあって。
思い返してみると、
言葉に救われたと感じる瞬間は、
ちゃんと説明できるものばかりではありませんでした。
むしろ、
言葉にならなかった気持ちごと、
そっと受け取ってもらえたような、
そんな感覚に近い気がします。
それは、
言葉で理解されたというよりも、
言葉で“抱かれた”ような感覚でした。
強くなくていいし、
はっきりしていなくてもいい。
ただそこにあって、
そのまま受け止められること。
そんなふうに、
言葉が人を包むこともあるのかもしれません。
言葉は、
伝えるためのものでもあり、
ときには、抱くためのものでもある。
そのことを、
あの一言が、静かに教えてくれた気がします。
あたたかい日差しや、
雨の日の窓のように、
ただそこにあるだけで、
心をやわらかくしてくれる言葉も、
きっとあるのだと思います。
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