「フランス語のことわざで学ぶ、ちょっとオシャレな人生の知恵」第2弾

Kaoru77

前回に引き続き、第2弾です(^^)

4.Pierre qui roule n’amasse pas mousse.
– 転がる石は苔を集めない 

意味: 落ち着きがない人は財産や経験を蓄積できない

→「落ち着きがない人は財産や経験を蓄積できない」「じっと腰を据えて努力しないと、成果や安定は得られない」という人生の戒め。

(豆知識)

Pierre → 石/qui roule → 転がる/n’amasse pas mousse → 苔を集めない

つまり、「転がり続ける石は苔が生えない」、石が動き続けると、苔がつかないのと同じで、人も落ち着かず転々としていると、成果や安定が得られない、という比喩です。フランスでは、仕事・恋愛・生活習慣など、あらゆる場面で使われる表現です。

使い方の例

 Il change tout le temps de travail, pierre qui roule n’amasse pas mousse.
(彼は仕事をいつも変える、転がる石は苔を集めないね 

⇒ 腰を据えてやらないと、結局キャリアにならないよ。

「石が転がると苔が生えない」という比喩は、フランスだけでなく世界中で直感的に理解できるイメージですね。動かずにじっとしていると何かが育つ、転がり続けると何も残らない――石も苔も、人の人生も、考え方として共通している気がします。


5.Qui sème le vent récolte la tempête. – 風を蒔く者は嵐を刈り取る 

意味:悪いことをすれば悪い結果が返ってくる。

→ 因果応報の教訓。

(豆知識)

この表現、ちょっと日本語にはない感覚ですよね。「風」なのに「まく」?

まずは意味から。

「風」=軽くて目に見えにくいもの、と蒔いた結果、そして、返ってくるのは「嵐」=制御不能で破壊的なもの、つまり「ちょっとした軽率な行動」「大したことないつもりの言動」が、想像以上に大きなトラブルになって返ってくる、という警告なんです。

例えば、無責任な発言をした人に対して、対立や争いを煽った人に対して。小さな悪意が大問題に発展したときに使うイメージです。

使い方の例

Elle poste des rumeurs sur ses collègues… qui sème le vent récolte la tempête. 

(同僚の噂を投稿してる…やったことの報いは返ってくるよ)

軽率な発言が大きな反発を招いた時。日本語感覚だと「そりゃ炎上するよね」「自分で火をつけたんだから」という感じでしょうか

★まくのが「種」じゃなくて「風」?

では、なぜ「風」なのに 「蒔く」なんでしょうか?

実は、semer はもともと、「小麦、種、作物を蒔く」という動詞です。つまりこの諺、農業の比喩 が土台にあります。普通:種 をまいて 作物 を刈り取る。

ところが、 をまいて を刈り取る、とは:「風」はここでは、軽はずみな言葉、根拠のない噂、無責任な態度、煽り、挑発の象徴。ゆえに、実体のないもの、軽い気持ち、空気を乱すもの をばらまいている、というイメージです。

そして、vent(風):目に見えない、小さい、制御できると思っているものを蒔いた結果:たいしたことをしていないつもり、深く考えずにやった行為にもかかわらず、返ってくるのは tempête(嵐):破壊的、制御不能、被害が出る:自分ではコントロールできると思っていたものが、手に負えなくなるというイメージですね。

実はこれ、聖書由来の表現で旧約聖書(ホセア書 8章7節)が元です。

Ils ont semé le vent, ils récolteront la tempête.

哲学的、道徳的、社会批評的な文脈で使われやすい理由もここにあります。

日本語的に言うなら:「風をまく」という感覚は、日本語にはあまりありませんが、 意味としては:「火種をまく」にかなり近いでしょうか。


6.Chacun voit midi à sa porte. – それぞれが自分の家で正午を見る 

意味: 人はそれぞれ自分の立場で考える

(豆知識)

ここで大事なのは midi(正午) です。なぜ「正午」なのか?

昔は、時計がない、みんなが同じ時間を共有していない、なので、人々は 太陽の位置 で時間を判断していました。

正午 = 太陽がいちばん高くなる瞬間。でも、家の位置・通りの向き・影の落ち方 によって、「今が正午」に見えるタイミングは微妙に違う。つまり、「正午」という同じ現象を見ているはずなのに、見え方は人それぞれ違うという状況です。

このことわざが言いたいのは:人は誰でも自分の立場・利益・経験・視点から物事を判断する、ということ。 客観的な真実があっても、解釈は人によって違う。

使い方の例

On n’est pas d’accord, mais chacun voit midi à sa porte.
(意見は合わないけど、人それぞれの立場がある)

利害が絡む話題の中で、

Dans cette affaire, chacun voit midi à sa porte.
(この件では、みんな自分の立場だけで考えている)

日本語的に言うなら、「立場が違えば見え方も違う」「各自の物差しでものごとを測る」という感じでしょうか。

「人間って本来そういうものだ」というようなニュアンスですが、文脈によっては、「だから仕方ない」「だから議論しても平行線」「歩み寄るのは難しいね」という 軽い諦め距離感 で使われることも多いです。

太陽、家、日常の風景という 生活感のある比喩 で、「価値観の相対性」をさらっと言っているところが、まさに フランス語のユーモアを感じませんか?


どの国のことわざ(諺)にも、短い言葉の中にその国の人生の知恵やユーモア がぎゅっと詰まっています。
直訳を見ながら意味を考えると、言葉の面白さやニュアンスをより身近に感じられるのではないでしょうか。

ポイントは、直訳のイメージを思い浮かべながら意味を考えること
「それぞれが自分の家で正午を見る 」「転がる石には苔がつかない」といった具体的な情景を想像すると、言葉が頭に残りやすく、使いやすくなりますね。

ぜひことわざを日常に取り入れて、フランス語の世界観を楽しんでみてください。 

読んで、考えて、時には口に出してみる――それがことわざを自分のものにする一番の方法です。(^^♪

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