演奏が「らしく」ならない原因について、最近考えていることがあります。
もともと、こんな状況があると考えています。
I
次の音の前に、動作が緩慢になっている
今弾いている音が鳴っている間に次の音符を読めていない。
今弾いている音が鳴っている間に次の準備動作ができていない。
II
一括りで弾く、一回のエネルギーで弾く音を把握していない。
スラーの音が分断されている。
フレーズが感じれない。
一小節単位で一休みしている。
状況を生み出している背景、原因はもっと細かいパターンがあるので、レッスンでは、生徒さんの理解や感覚がどんなものかをあの手この手でスキャン、検査、問診することになります。
問題はIIの方で、楽譜をどう読むか、という根本部分と、ヴァイオリンの右手の技法(その音の終わりをどう処理するか)を結びつけることが必要です。
これを「知らない人」「気づいてない人」「観点がない人」にどう種まきするか、が大切です。
種まき、きっかけがない限り、なかなか気づけずにずっと打ち込み音源のような練習で、打ち込み音源のような成果にとどまってしまう方は多いのです。
一つ一つの音が、ノイズのない、充実した美音だったとしても、それが話しかけるような演奏になるかどうかは、複数の音同士の関係性次第です。
最近の生成AIだと以前よりだいぶん自然ですが、粗悪な読み上げソフトなどの違和感に近いものです。
かなり以前に雑談の中で「音楽においても、語学と同じように、ネイティブかどうかの壁があるのではないか」という話題が出たことがありました。
聴くのが大事、という指導法の根底にあるものです。
実際には音源がない曲はどうするのよ?という問題があるので、楽譜の読み方や情報のサマリー、関連付けというのは各々の手順や感覚があったりします。
それをもっと伝わりやすい例えにできないか、とずっと考えていました。
最近、一つ増えたのが「リンキング」、「リエゾン」の話です。
(音節という言葉は楽譜の『小節』や『音価』などが近くて紛らわしいので、ここでは省きますが…)
どんな曲も弾く前に、声に出して歌ってみるのが大事、歌った通りにヴァイオリンから音を出せるように、自分の頭や身体をコントロールするのが演奏の技術、と考えています。
この「声に出して歌ってみる」にちょっとしたヒントを付け足せるかも知れない。
もちろん、楽譜は全部イタリア語のドレミで読むのですが、日本語の感覚で(もっといい表現がありそうですが)各音符を一つずつ認識して、一音符ごとに発音しなおしてしまって、ネイティブのように「らしく」歌えなくなっている人がいるのかも知れない、ということです。
とても細かいステップの分析なので、すぐ使えるHow toが欲しい方には即効性がないかも知れませんが、自分の音楽家としての基礎体力の底上げのためにはこういった課題を見つけて行くのが大事だと考えています。
つっかえずに、流暢に歌うヒントはこのあたりにもありそうです。
回應 (0)