最近、教育の場で「グローバル化」や「生きる力を育む」という言葉をよく耳にする。
パラグアイとアルゼンチンの国境の街エンカルナシオンを訪ねた。
街の中心には小さな商店が並び、道はガタガタで、下を見ずには歩けない。
車で二、三十分郊外へ出ると、風景は一変する。赤土の丘が続き、砂埃が舞い、街灯もない一本道。両側には大豆畑が広がり、ぽつんぽつんと緑に囲まれた家が建ち、遠くにはジャングルが見える。
南米には多くの日系社会がある。
ジャングルを切り開き、力を合わせて家を建て、畑を耕し、コミュニティを築いてきた人たち。異国の地で日本語や文化を守りながら暮らしている。今年は、パラグアイ日系移民90周年だ。
どれほどの労働と苦労があったのだろう。想像を絶する。
日本からはるか遠いこの地で、今も大豆や米、小豆を作り続けている。スペイン語を話し、隣村のドイツ系入植民とも自然に交流している。
こうした人たちにとって、「グローバル」や「生きる力」という言葉は、特別な概念ではない。それは日常の中に溶け込んだ、当たり前の空気のようなものなのだと思う。
明日を生きるために考え、知恵を出し、身体を動かし、協力を惜しまない。国籍を超えて人とつながり、その広がりを喜びとして受け取る。
パラグアイ日系移民たちの、この「日常の当たり前」が、90周年という節目とともに、日本にも静かに、でも大きく響き届くことを願っている。
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