先日のこと、我々昭和世代が当時どっぷりとハマった「3年B組金八先生」を
インターネット配信で見ていたら、こんなシーンがあった。
 
B組のある男子生徒は同じクラスの女子のことが好きなのだが、
その子はA組の男子と付き合っている。
それでもその男子は諦め切れず、あの手この手で彼女の気を
引こうとするがことごとく空回りする。
 
15歳という思春期のど真ん中において、そんなぶつけどころのない、
切なく胸が張り裂けそうな思いをしてきた子は僕を含めていくらでもいるだろう。
 
彼の苦悩を知った金八っつぁんはその男子生徒と、B組のたまり場となっている
駄菓子屋で、もんじゃ焼きを食べながら彼にこう語りかける。
 
「俺はさー、きしかわえみこさんだった。俺は柔道部で、きしかわさんは女子の
体操部だった。俺が放課後体育館で寝技の練習してたら、きしかわさん平均台の
上でジャンプしてたなぁ。コマチネみたいな体操着を着てさ」
 
「コマネチ?」
 
「あ、コマネチか?なんせ少女だからさぁ、頬っぺたなんかこう、桃みたいでさ、
太ももなんかミルクココアみたいな色しててさ。かわいいなーと思って・・・
あれが初恋だったなぁ」
 
「それっていつん時?」
 
 「もう40年以上前だなぁ。十五・・・初めて女の人好きになった」
 
 「それでどうなったの?」
 
 「半年後に振られた。片思いのまんまだった。商店街歩いてたら
生徒会長と一緒に歩いてた。長いマフラーの端っこお互い首に巻いてな。
俺なんだか泣けてきてよ」
 
「よく覚えてるね、40年も前の話」
 
「そうだなあ、不思議なもんだな。失くしたものっていうのはずっと心の中にあ
るんだな。人の心は不思議だな。なんかこう、手に入れたものっていうのはいつ
の間にか忘れたり壊したりしてしまうけど、手に入らなかったもの、失くしたも
のっていうのは何十年経ってもずっと心の中にあるみたいだ。
いや、失くしたものだけがずっと心の中にあるんだな」
 
そんなシーンを観ていてふと、学生時代のほろ苦い失恋体験が脳裏をよぎった。
 
 
┃高気圧ガールに一目ぼれ
 
話は今から30年以上前、平成初期まで遡る。
一浪して入学した大学生活も3年目を迎えた冬のことだった。
 
当時、地元の友人たちとつるんでサークル活動のような事をしていたのだが、
車数台で富士急ハイランドへドライブに行くことになった。
 
誰がどの車に乗るかは車の持ち主を除いて抽選で決めた。
僕の車には僕の親友の男トシと同級生のレイコ、それにレイコが連れてきた
初対面のユキが乗った。
 
そしてこのユキこそが、その後の僕の大学生活を地獄の底へと叩き落とし、
良くも悪くも数年に渡り僕の人生に影響を及ぼすことになる女性だった。
 
 車内ではしばしそれぞれの自己紹介が始まった。
ユキは人見知りはしないタイプのようで、とにかく明るくそして楽しそうに
よくしゃべった。
 
 2月だというのにキレイに日焼けしているのは、卒業旅行で先週までプーケット
に行っていたからだそうだ。
その姿は僕に「太陽の恋人 アグネス・ラム」(←昭和世代に届け!)を連想させた。
 
 
僕はと言えば、それまで人に自慢できるほどの恋愛経験などなく、初対面の女性
を前に緊張して口数も少なくなっていた。
ユキはそんな僕のことなどお構いなしに、砂浜へ次々と打ち寄せる波のように矢
継ぎ早に話しかけてきた。
 
そんな彼女の天真爛漫な振る舞いに触発されたのか、調布のインターを
過ぎたあたりから、僕も3人の会話の流れにスムーズに乗れるようになっていた。
 
途中サービスエリアでの休憩で再度抽選が行われ、ユキは別の車へと移動していった。
 
自分でも驚いたのだが、園内でも明るくはしゃぐユキのことを気づけば目で追っていた。
 
(これって一目ぼれか?まさか。これまで一目ぼれなんてしたことないぞ)
 
 そんなモヤモヤとした感情を抱えながらではあったが、楽しいイベントは
あっという間にエンディングへと向かっていた。
 
帰路では再びユキが僕の車に乗ってきた。
 ただ車内での会話の内容はほとんど覚えていない。覚えているのは彼女が
行きと変わらぬテンションでしゃべり続けていたことと、
中央道が事故渋滞で帰宅は深夜0時を廻っていたことだった。
 
ユキとはもう会わないのだろうなと思いながら床に就いたのは深夜2時だった。
丸一日彼女のパワーに圧倒され疲れ果てていた。20年ちょっと生きてきて、
あんなにもエネルギッシュな女性には初めて会った。
 
**********
 
けたたましい電話のベルで起こされたのは昼過ぎだった。
 
両親はとっくに仕事に行っている。
 
当たり前だ、あと4時間もすれば日が沈む。
まったく、大学生の春休みなんていつの時代もこんなものだ。
 
かすれ気味の声で電話に出る。
 
「もしもし」
 
「もしもし、ニジオくん?」
 
「はい、そうです」
 
「ユキです」
 
まだ頭が上手く回っていない。
 
すみませんがどちらのユキさんで・・・と言いかけたところで
脳の回路がビビッと繋がった。
 
「あ、昨日はどーも」
 
「遅くまで運転お疲れさまでした。送ってくれてありがとう」
 
電話口の彼女は昨日のパワー全開の高気圧ガールではなく、
なんだかとても落ち着いた雰囲気だった。
それにしてもなぜウチの電話番号を知っているのだろう?
 
 
当たり前だが平成初期、携帯電話やSNSなどは存在せず、
挨拶代わりに固定電話の番号を交換する習慣などなかった。
  
僕が沈黙していると、それを察したのだろう
 
「あ、レイコから聞いたの。お礼が言いたかったので」
 
「あ、そうだったんだ。わざわざありがとう」
 
そしてまだ半分も稼働していない頭で、ユキと昨日のイベントの感想などを
 語り合った。10分も話しただろうか、今度こそこれが最後だろうと思いながら
電話を切った。
 
 
それから一ヵ月後、僕の車の助手席にはユキが座っていた。
 
どちらから誘ったのかがどうしても思い出せないのだが、
それから何度かデートらしきものを重ねた。
 
彼女の卒業式には大学まで車で迎えにゆき、ハカマ姿の彼女と食事をした。
 
恥ずかしながら会えば会うほどユキにのめり込んでゆくのが分かった。
やはり僕は彼女に一目ぼれをしていたようだ。
  
 
しかし初デートからわずかひと月で、ハシゴは突如外された。
 
 
 最後に会ったのは彼女の入社式の二日前だった。
その夜はなんの違和感もなく、いつも通り笑顔で別れた・・・ハズだ。
 
しかしその日から、ユキとの連絡は途絶えた。
 
 のちにレイコから聞いたのだが、ユキは職場の先輩を好きになり、
その男性と付き合い始めたそうだ。
 
僕の 完 全 敗 北 である。
 
一瞬にして暗黒が支配する奈落の底へと放り込まれた僕の喪失感は
想像を絶した。夜ごと布団の中でのたうち回ったことは今でも鮮明に覚えている。
 
ユキの心の内は分からない。
最後に会った夜、いったい彼女は僕のことをどう思っていたのだろうか。
  
相手の気持ちはコントロールできない。
僕はフラれたのだ。
だからそれでいい。
受け入れるしかない。
受け入れて前に進むのだ。
 
歳を重ね、ツインレイだとか何だとか、真実の愛のカラクリを知った今なら
そう思える。感情をコントロールする術を知っている。
変えられないことと、変えられることを見極める賢さも身につけている。
 
しかし20歳そこそこの若造に、そんな余裕をカマせるほどの
人生経験も叡智もない。
 
かくして僕は失恋という誰もが通る辛いイベントを経験し、
 しばらくは深い傷を抱えて生きることとなった。
情けない話だが、その喪失感が癒えるまでにはそれなりの歳月を要した。
 
 
┃手に入らなかったものを無害化する
 
話は冒頭の金八先生の言葉に戻る。
 
「失くしたものだけがずっと心の中にある・・」
 
なぜ、手に入らなかったものや失くしたものだけが忘れずに心に残っているのか?
それはそこに今も痛みを感じているからではないのか。
 
 痛みまではいかなくとも、何らかの後悔や物悲しさを感じているから
ではないだろうか。
 
それが日々の暮らしに支障をきたすものでないのなら、
放っておいてもよいのかもしれない。
しかしそれが生き辛さの一因となっているのであれば何らかのケアが必要だ。
 
 経験上、過去に負った心の傷は、何もせずに放っておいても
自然に治癒することはない。適切な手当てが必要だった。
 
「時間が薬」という言葉もあるが、それは単に心に蓋をしているだけで、
蓋を開ければ傷は癒えぬままそこに存在している。触れれば痛いのだ。
だから傷の手当てをし、それまで抱えてきた痛みを昇華させてやらねばならない。
 
それが出来なければ、いつまでも過去を引きずって生きてゆくことになる。
 
癒し方は痛みの種類によっても違う。
自分でできることもあれば、誰かに手伝ってもらった方がよいこともあるだろう。
 
傷が癒えれば痛みはなくなる。
傷跡は残るかもしれないが、それは痛みのないただの傷跡だ。
その人の今の生活を脅かすことはないだろう。
 
大事なのは、失くしたものを無害な状態で心に置いておくことなのだと思う。
 
無害化された失くしたものたちを、記憶のピースとして心の引き出しに
しまっておいてやれば、これからの人生のどこかで役に立つかもしれない。
 
ドラマで金八先生は、生徒の前でとても穏やな表情で「少年 坂本金八」の
初恋と失恋を語っていた。彼の失恋という心の傷は、懐かしい記憶の欠片となって
心の引き出しにしまわれていた。
 
 ***********
実は僕が社会人になってから、ユキとはふとしたことがきっかけで何度か会って
いる。仕事帰りに飲みに行ったこともあった。
最後に会ったあの夜に彼女が感じていたこと、僕に対する正直な想いも聞かせて
もらった。
 
ある日飲んでいる席で「わたし今度結婚するの」と告げられた。
特に驚くこともなかった。
 
こうして富士山の麓であの日突然はじまった僕と彼女の物語は幕を閉じた。
今度こそ本当に彼女に会うことはないだろう。
 
 
しかし物語はそれで終わってはくれなかった。
 
しばらくしてユキから結婚式の二次会の招待状が届いた。
 
(ホントに何考えてんだコイツ・・)
 
(金妻かよ)←昭和世代に届け!
 
 
僕の脆く壊れやすい硝子のココロに、これでもかと
剣を突き立ててくる悪女っぷりが・・いや、出逢った頃から
決してブレないその奔放な生き様が、一周回って妙に新鮮に感じた。
・・が
 
だが、しかしだ!
 
こっちも男として売られたケンカは買わねばならぬ。
 
届いたその日に
 
御出席
 
の返信をし、ひとり敵陣へと乗り込んで行った。
 
そう書いていて、映画「阪急電車」のワンシーンを思い出したが、
僕は中谷美紀演じる高瀬翔子のような暴挙には出ていないし、
「卒業」のダスティン・ホフマン演じるベンジャミン・ブラドックのように
花嫁をかっさらったりもしていない。
 
ユキと新郎に祝辞を述べ、共通の知人としばし歓談し会場を後にした。
ただそれだけだ。
 
まあ正直なところ、モロモロ引きずっていたこともあったし、
これが僕なりのケリのつけ方だと思ったのだ。
 
痛みと対峙し、痛みの先端に立ち、痛みを味わい尽くす。
そうすることでしか癒えない種類の傷もあるのだ。
 
あれから30余年、今ではいい思い出だ。
 
							 
						
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