ヘンリー・ジェイムズといえば、文体も作品もグダグダ長いのが特徴なのですが(好きな方すみません)、幽霊を扱った短編がけっこうあって、私はそっちが好きです。論文を書くときに死ぬほど文献と論文を読まなきゃならんのに、厚さ5センチの鈍器みたいな小説なんか、見ただけで「……やめよっか」となるに決まってる。
興味のある方は図書館で見てみてほしいんですが、『黄金の盃』にしても『鳩の翼』にしても、はたまた『ある貴婦人の肖像』にしても、とにかく分厚い。どれも映画化されていますしキャストも豪華なので惹かれるのですが、「原作読んでみよっかな~」などと気軽に考えると泣きを見ます。こんなに大量に書いてたら、最初の方なんて自分が何書いたか忘れてるんじゃねぇのと思うんですが、まぁ、ああいう長編を書く人の脳は許容量が多いんでしょう、きっと。D・H・ロレンスだったかな? 書簡集だけで15巻とかあって「ふざけんな」と思ったこともあるので、起きてる間は書いてたんじゃないかと私は思っています。
さて、ジェイムズの描く幽霊の中で、私が多分一番好きな幽霊(?)を紹介します。どんでん返しが秀逸で、そこを書いてしまうとネタバレになるので書きませんが。
アメリカのケンブリッジ(イギリスの方じゃない)(ついでにいうと、ハーバード大学がある場所)に、若い一人の神学生がいて、彼は散歩中に不思議な屋敷を見つけます。人目につかない、大きな屋敷で、人が住んでいる気配があるような、ないような。彼は「幽霊屋敷かも!」と思って観察を始めます。ある日、その屋敷に老人が一人やってきて、丁寧に挨拶をしながら屋敷に入り、ほどなく出てきて立ち去ります。
彼は俄然興味をひかれ、屋敷の観察を続けますが、同時に別な場所、墓地を散歩していてその老人と知り合います。彼と親交を深め、街の人や下宿のおかみから情報を聞き出すに、その老人は、かつてあの屋敷の主だったそう。しかし、娘の結婚相手が気に食わずに二人を叩き出し、その時のケンカが元で娘は死んでしまったというのです。あの屋敷には娘の幽霊が出る。いたたまれなくなった老人は屋敷を出た。
ところが老人は生計が成り立たなくなってしまった。屋敷を貸家に出したが、幽霊のせいで借り手もいない。ここで娘の幽霊が老人にある提案をした。自分が賃借人として屋敷に棲んでいるのだから、その賃料を老人に渡してやると。3か月に一度、老人は娘の幽霊から賃料を受け取りに屋敷を訪問しなければならない。過去の己の許し難い罪と向き合い、その罪の結果から金を受け取り、老人は生きなければならないのです。
幽霊から家賃を受け取るという奇妙な関係の中で、父と娘のわだかまりはどうなっていくのでしょうか。主人公の神学生は、観察者として彼らの関係にかかわり、ひとつの家族の哀しい終焉に立ち会うことになります。
「どこの馬の骨ともしれん奴に娘をやれるか!」という父親の矜持は、娘を大事に愛していれば納得がいきますし、どこかで妥協点を見出すものですが、それが自分の見栄やプライドなどを優先させたものになった時には家族を破壊してしまいます。気がついた時にはもう遅い。でもまぁ、気がつくことができるだけ、この老人はマシなのかもしれません。世の中には気がつかないまま、自分以外を責めて終わる人のなんと多いことか。
それにしても、「幽霊から家賃をもらう」という発想は面白いと思います。私は動画などで怖い話をよく聞いたりするのですが、たまに、電気を勝手につけたり水が勝手に出たりといった霊現象に対して「電気代と水道代どうしてくれんねん!!!」と怒り狂っている話があって、「ごもっとも」と妙に納得して笑ってしまいます。「ここの家賃払ってるのは俺や。我が物顔に暮らしやがって」と追い払った話もあったかな? ちょっとコミカルな死者と生者のやり取りを見ていると、「この手の話も、『人間』の物語なんだな」と実感します。
長くないし、パブリックドメインで無料なので、家賃を気にせずに読めます。ぜひ。
Collected Stories (2編所収の1作目)

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