こんにちは。Cafetalkピアノ講師のMayです。
子どもから大人・シニアまで、それぞれのペースに合わせたレッスンを日々お届けしています。
「ピアノを続けると、脳にいいって本当?」
シニア世代にも関係の深いこの問いに科学的な答えを提示してくれたのが、京都大学の研究です。
研究チームは、「70代の“ピアノ未経験者”に楽器を初めて学んでもらい、その後の4年間を追跡する」という、非常にユニークで貴重な調査を実施。
中でも注目されたのは、「レッスン後も演奏を続けた人」と、「途中でやめて他の活動に切り替えた人」との間に、記憶力や脳の働きに明確な差が現れたという点です。
この成果は2025年6月、アメリカの学術誌「Imaging Neuroscience」に
オンライン掲載され、大きな注目を集めています。
このコラムでは、その研究内容をわかりやすくご紹介しながら、
「ピアノを始めるのに遅すぎることはない」という、前向きなメッセージをお届けします。
全員が“音楽初心者”からスタート
この研究には、過去に楽器経験がない健康な高齢者(平均73歳)が参加しました。
初期段階ではより多くの人が関わっていましたが、4年間の追跡調査では最終的に32名が対象となりました。
参加者たちはまず、12~16週間の楽器トレーニングを受講。
使用した楽器は「鍵盤ハーモニカ(メロディカ)」で、音符や指番号の読み方、鍵盤の位置、リズムの取り方、息継ぎと音のつながり(アーティキュレーション)まで、演奏の基礎を段階的に学び、最終的に11曲の演奏を習得しました。
その後、参加者は2つのグループに分かれます。
- 一部の人たちは練習を終えたあともクラブ活動を立ち上げて継続的に練習を続け、
地域での発表会にも参加(継続グループ)
- 一方で、他の人たちは楽器をやめ、体操・卓球・ストレッチなどの他の趣味活動に
切り替えました(中止グループ)
発表会が“継続の力”に
特に興味深いのは、継続グループが地域の高齢者センターで
「メロディカクラブ」を立ち上げ、
- 毎月2〜4回のグループ練習
- 自宅での個人練習
- 年2回の発表会(七夕とクリスマス前)に出演
以上のように、楽しみながらも意欲的に取り組んでいたことです。
人前で演奏するという目標があることで、日々の練習が生活に根づき、
脳の活性化にもつながった可能性があります。
続けた人だけに見られた「脳の変化」
4年後、研究チームは認知機能テストやMRIを再実施し、
両グループの変化を比較しました。
その結果、以下のような違いが明らかになりました。
【継続グループ】
- 記憶力や言葉を使った作業力(ワーキングメモリ)が保たれていた
- 脳の「被殻(ひかく)」という部位の体積も維持
- 小脳の活動が高く、集中力や動作の滑らかさにも好影響
※ワーキングメモリとは?
「ワーキングメモリ」とは、情報を一時的に覚えながら、それを使って考えたり
判断したりする脳の働きのこと。例えば、会話の内容を理解する、料理の手順を考える、
計算を途中まで覚えながら続けるなど、日常生活のあらゆる場面で活躍しています。
ただし、加齢によってこの機能は低下しやすいことが分かっています。
【中止グループ】
- 言語流暢性や作業記憶の成績が低下
- 被殻の灰白質(=神経細胞が集まる場所)の体積が縮小
- 小脳の活動も低下し、集中や動作の調整が難しくなっていた
☆被殻と灰白質体積、小脳の役割とは?
■ 被殻(ひかく)=「脳の整理整頓係」
被殻は、大脳の中心部にある情報処理のコントロールセンターのような場所。
私たちが何かを覚えたり、判断したり、言葉を組み立てたりするときに、
「これは今必要な情報」「これはあとで使う」といったように、頭の中を整理してくれます。
たとえば…
- 話を聞いてすぐに返事を考える
- 買い物中に「卵、牛乳…あ、洗剤も!」と思い出す
- 車の運転中に道を確認して曲がる
…といった日常の中の“ながら処理”や即時の判断に大きく関わっています。
■ 灰白質体積とは?
「灰白質」は、脳の表面近くにある、記憶や判断をつかさどる重要な部分です。
その「体積」が小さくなると、認知機能(考える力や記憶力)が衰えやすくなることがわかっています。
■ 小脳=「動きと集中力のチューナー」
小脳は運動の調整を担う部位として知られていますが、
近年では考える力、集中力、感情のコントロールにも関与していることが分かってきました。
たとえば…
- お茶をこぼさずに注ぐ
- 料理をしながら時間配分を考える
- 人混みの中でも落ち着いて目的地へ向かう
このようなとき、体と頭を連携させてスムーズに行動するために小脳が働いています。
研究では、楽器を続けたグループの小脳は活発に働いており、
中止グループではその働きが落ちていたことが明らかになりました。
他の趣味(運動)では同じ効果は出なかった
興味深いことに、中止グループの多くも決して“何もしていなかった”
わけではありません。むしろ、体操やストレッチなど、他の趣味活動に
積極的に取り組んでいた人も多数いました。
それでもなお、脳の機能維持においては、楽器を継続したグループの方が
はるかに優れていたのです。この違いは、音楽が持つ独自の認知刺激や、
複合的な脳活動が影響していると考えられます。
世界でもきわめて珍しい研究だった
楽器経験のなかった高齢者がピアノに似た鍵盤ハーモニカを手にし、
そこから4年間にわたり影響を科学的に追い続けたこの研究は、
日本で初めての試みであり、世界的にもきわめて珍しく貴重な研究といえます。
しかも、全員が同じ期間のトレーニングを受けた後、「継続したかどうか」で分けて比較したことで、
認知機能や脳構造の変化を明確に示すことができた点も高く評価されています。
MRI画像や認知テストなど、客観的な数値と映像によって裏付けられた結果は大きな意義があります。
最後に──「始めるのに遅すぎることはない」
研究の英語タイトルは、
“Never too late to start musical instrument training”
(楽器を始めるのに遅すぎることはない)
このメッセージがまさに示すとおり、今回の研究は、年齢を重ねてからでも楽器演奏が
脳に良い影響を与えることを、科学的に力強く証明してくれました。
そして何より、「ピアノを始めたその日から、脳の若々しさを保つ一歩が始まる」という事実に、
大きな希望が感じられます。
私のレッスンでは、シニアの方も安心して始められるよう、
ゆっくり・丁寧に進めるコースをご用意しています。
楽譜が読めなくても大丈夫。
音を奏でる喜びを、少しずつ味わいながら進んでいきましょう。
ピアノは、脳にも心にも寄り添ってくれる、すてきなパートナーです。
「ピアノを始めてみたい」「もう一度やってみようかな」
──そんな気持ちが芽生えたときが、“あなたのスタート地点”です。
まずは体験レッスンで、小さな一歩を踏み出してみませんか?
参考資料:
・京都大学研究チームによる論文(Imaging Neuroscienceオンライン掲載)
https://direct.mit.edu/imag/article/doi/10.1162/IMAG.a.48/131155/Never-too-late-to-start-musical-instrument
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